松山薫先生を偲んで

茅ヶ崎方式英語会創設者の松山薫(しげる)先生は2020年4月23日(木)に逝去されました。
反戦平和の志を強くし、「世界平和のための英語学習法」として
対話に重点を置いた茅ヶ崎方式英語学習法を構築し、当会の基盤を創られ、
そして、われわれの活動の精神的支えであった先生に心より感謝申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。
さて、時節柄、偲ぶ会などの集まりは執り行われませんが、先生の思い出など、
追悼のメッセージをいただき、ここに紹介して追悼会に代えたいと思います。
あなたのメッセージをこちらにお送りください。

rememberingmatsuyama@chigasakieigo.com

ここにメッセージのいくつかを紹介させていただきます。

松山先生, 本当にありがとうございました。
そしてお疲れさまでした。

当方は,松山先生と直接学習した機会はありません。
しかし,今は無き, 荻窪校の伊藤先生(英作文の達人.英語以外の背景知識の必要性をよく言われていました。),林先生(アナウンサーで渋い声と正確な発音,また20年前以上にABCニュースをほぼ聞きとれ,聞きとれない箇所をLCTや教本のCDの吹き込みをなさっているクリストファーリンチ氏にその場で照会したところ,「おそらく(当時の)クリントン大統領のなまりだと思われる」旨の回答をスムーズに英語でやり取していて,感激した当方は「なぜそんなに英語が分かるのですか。」と林先生にお聞きしたところ,同先生は休憩所でタバコを美味しそうに吸いながら,穏やかに笑いながら「やりつ続けることです。」という言葉がいまだに忘れることができません。
また北山節郎先生もラジオ東京の著作でジャーナリスト大賞を頂いており,バランスの取れた英語力で,最後に無料でミニ英作文テストをして頂きました。明るい性格の方で,extraordinary のアクセントを直して頂いた記憶があります。)

その後,早期退職後,九段校で数年学習しましたが,懐かしさと同時に時事英語の楽しさを思い出すことが出来ました。
茅ヶ崎方式のおかげて,就職も英語をよく使う職場に配属され,早期退職後も英語関係の仕事を細々と続けられ,ABCやBBCがなんとか聞きとれるレベルに達し,英検も数年前,ギリギリでしたが1級に合格できました。
まさに私の人生を変えてくれた茅ヶ崎方式。

当方が有している松山氏の「茅ヶ崎方式英語会の15年」(1996年10月20 日)には,松山先生の英語学習の苦労やその後の茅ヶ崎方式設立や理念が書かれており,非常に有益な内容で.現在でも通じる内容です。
「とにかくまずは音声だけで理解する。」
高橋先生と共著の初版の時事英語教本の応用編を,何度もテープで聞き,単語力が増強され,英語力の基礎が出来上がりました。

現在,様々な英語学習方法が提唱されていますが,松山先生の理念は,これからも継続されてほしいと思います。
著作での間接的なお付き合いで恐縮ですが,ご冥福をお祈り申し上げると同時に我々の次の世代が茅ヶ崎方式の灯(ともしび)を消さないように努力し続けないといけないと思います。

今まで,本当にありがとうございました。

天野 尚文

偉そうな自慢話から始まりますが、お許しください。田園、里山、そして自動車工場の屋根が見える下宿、二つの本棚と、その間に渡した机代わりの板と、キャンパスで雨ざらしになっていた椅子があるだけの4畳半で、カセットテープをキュルキュル言わせながら、今でいうリピート、シャドーイングなどの訓練を自らに課し、最終学年で「集大成」と思って英検1級を受験し、合格通知に束の間喜びはしたのですが、この先、何をどうやって勉強すれば良いのかと、まるで野原に放り出されたような感覚をに襲われました。1975年の夏のことでした。

現在のようにインターネットから湯水のごとく生の英語が取り出せるような状況でもなく、音声付きの教材としては「時事英語研究」という月刊誌しか、頼るものがありませんでした。当時、茅ヶ崎方式英語会があれば、私は不安を抱えずに済んだのにと思います。

初めて茅ヶ崎方式英語会の教本と真剣に対峙したのは、1990年前後のことでした。Quarterlyで発行されている教本を見つけ、「時事英語教本対話篇」を見つけ、さらに、「国際問題を書く英語」を見つけました。当時、4年間公立高校で教鞭をとった後、民間の英語学校に勤務、小学生から成人クラスまで、はばひろく授業を担当させていただいていたのですが「何かが足りない」と悩んでいました。そんな時に茅ヶ崎方式の教本類に出会ったのでした。救われた気がしました。

今だからこそ、Content Basedだとか、CLILだとか、整理して語ることができますが、当時は「何かが足りない」という感覚でしかありませんでした。特に成人対象(高校生、大学生、主婦、会社員など)の授業では「Discussion, Debateをやります」と謳った上級者用の授業が用意されていたのですが、うまくいかない、「何かが足りない」という強い思いを抱いていました。それを満たしてくれたのが、茅ヶ崎方式英語会の教本類でした。時事英語教本対話篇には、学習の目標として「内容のある対話のためには、日本と世界についての知識を英語で蓄積していく努力」が必要と書かれています。強く共感をおぼえたものでした。英語教本Book 2, Book 1の巻頭には「インターネットで世界が結ばれる21世紀には、国際コミュニケーションに役立つ英語を本気で学ぼうとする人たちのために、一隅を照らす存在になることが出来ればと願っている」と、松山様の言葉があります。その通りになってきています。

教本にある松山様の写真を見るたびに、転身先の格は違うが、高校教諭から転身された方、私と同じだ、と、勝手に親しみを覚えておりました。訃報に接したとき、お会いしてもいないのに大切な恩師が亡くなられたような、そんな悲しみを覚えました。還暦をとうに過ぎた今も「Let’s begin with LCT~!」と、英語学習者の皆様と一緒に知力と英語力の維持向上に励んでおります。「国際コミュニケーションに役立つ英語を本気で学ぼうとする人たちのために、一隅を照らす」という言葉は、心の支えになっております。

英語教育の道を歩き続けて来られたこと、茅ヶ崎方式英語会を創設された松山様と、松山様のご人徳と熱意に惹かれて集まられた方々のお陰であると。こころより感謝しております。

中西哲彦

        英語にせよ、日本語にせよ、ストーリーを成立させるのに不可欠なのは、その論理展開を支える「舞台回し」だ。そこで活躍するのは脇役や小道具とも呼べる裏方たちで、主人公である固有名詞や専門用語を軸に話が展開するのを、懸命に引き立ててくれる。

        英語なら、例えばprevailは含みのある力強い単語で私は好んで使う。あるいはgivenも、端的に背景説明から切り出したい時に便利だ。こうした単語や表現について、私はふだんから自分の道具箱に入れて手入れをしているが、それを幅広く整理して収容しているのが、松山薫先生が世に送られた「茅ケ崎方式国際英語基本4,000語」だ。

        そこでprevailの欄を見ると、この単語の持つニュアンスや品詞展開が過不足なく見事に提示されている。

        prevail [privéil]〔v〕 広く行き渡る 〔adj〕prevalent 〔n〕prevalence;Warm weather prevailed over most of Japan today. 今日は日本各地ほとんどに暖かい天気が広がった. prevailing fashion 流行のファッション,The cholera is now prevalent in the country. その国ではいまコレラが流行っている.

        given は単独の項目がないと思いきや、situationの欄に「given the situation 状況が状況だから=considering the situation」としっかり書き込まれていた。

        はるか昔の大学時代、茅ヶ崎方式の教材を書店で見かけるようになった。買い求めて読み込み、手元に置いた。松山先生がかつて勤務されていたNHKの英語ニュースが聞き取れるようになり、英字新聞が次第にスムーズに読めるようになった。脇役や小道具たちの存在を強く意識できるようになったからだと思う。

        卒業後は新聞社に入り、最初は日本語の世界で必死の格闘が続いた。やがて社内で英字版のセクションに異動になり、英語でニュースを書くという新しい仕事に直面した。日本語ニュースの常識がほとんど通用しない世界に戸惑ったが、茅ヶ崎方式の教材で身に着けていた基礎が役立ったのは言うまでもない。

        月日は流れ、私は新聞社を早期退職し、縁あって茅ヶ崎方式英語会の学習誌でコラムを書かせていただく機会を得た。大美賀廣芳代表のさらなる計らいで、季刊誌化を機に連載「4,000語で読む生ニュース 読み解き、ライティングに生かす」をスタートさせていただいた。「4,000語」と松山先生に対する深い尊敬と感謝の念を込めたつもりで、いずれ松山先生にお目にかかる機会があれば、と思っていた。

        その矢先の訃報だった。安らかにお眠りいただきたいと思いつつ、NHK時代の英文ライティングのご苦労話や、英語学習の今後の指針を拝聴できなかったのが悔やまれる。

飯竹恒一

今回、皆さまから寄せられたメッセージを拝見し、ふと思い出した事があり筆を取らせていただきました。
茅ヶ崎方式英語会を起ち上げたのは、松山薫 五十五歳の時でした。
オリエンテーション告知のビラを撒くに当たりバイクの教習に通ったのですが、はじめの頃は指導員に「そこのオヤジー!!」と怒鳴られながら習っていると申しておりました。
しかし合格発表の日には「450人中130人の合格者の中に入る事が出来た。満点であった」と喜んでおりました。
その数日後、自宅に五万枚のビラが届いた時には、軍歌をもじって「撒いてくるぞと勇ましく、誓って家を出たからは、五百枚撒かずに帰らりょか……」と冗談めかして出かけて行った事をよく覚えております。
ただバイクを使うとはいえ、オリエンテーションに間に合うよう、合計五万枚のビラを一人で撒くのは容易な事ではありません
。雨が降るとビラが濡れるので撒く事が出来ない事から、私は夫の健康状態を気遣い、オリエンテーションに間に合わなくとも良いから雨が降ってくれれば良いと思ったものでした。
それも今となっては、懐かしい思い出です。
当時におきましては、茅ヶ崎方式英語会が将来どうなるのか全く予想も出来ませんでしたが、あれから三十有余年が過ぎ、英語会が今日のような立派な組織に成長いたしましたのは、ひとえに皆さまのお力の賜物であると感謝しております。

松山慶子

松山薫先生の訃報に接し、心に大きな穴がぽっかり空いたような気持になりました。
心の支柱を失ったような気持ちです。
私が茅ケ崎方式の学習会を20年位前に始めるきっかけとなったのは、もちろんこの学習法が素晴らしいと納得したからではありますが、松山先生の「語学学習を通して世界の平和に寄与したい」という壮大な志に感銘を受けたからでもあります。
かつて浜松北高校で教鞭を執られていた先生には、何となく近しい思いを抱き、お便りで相談事をさせていただいたこともありました。また懐かしい浜松に一度お越し下さいませんか、とお誘いしたこともありました。(かないませんでしたが)
今は先生の薫陶を受けた者の一人として、先生のご冥福を祈り、同時にさらに研鑽を積む気持ちを新たにいたしました。

浜松校 松島しげみ

松山先生とお会いしたのは、30年以上前になると思います。
友達から茅ヶ崎方式を紹介され とても素晴らしい先生が、教えるのは今年最後になるので是非とも茅ヶ崎へと、対話クラスに通うようになりました。
皆さん、とても優秀な方ばかりでした。
それ以来、茅ヶ崎方式が私の人生の軸となっております。
松山先生、本当に有難う御座いました。感謝申し上げます。

小田博子

私は先生とは茅ケ崎で行われた茅ケ崎方式創業15周年記念講演で1度お会いしただけ です。
でも茅ケ崎方式が私の人生に大きな影響を与えました。
茅ケ崎方式を教え始めてもう20年以上になります。
この間、多くの生徒が巣立ってい きました。
最初は2人の生徒でした。その方たちはやがて、高校や大学で教え始めま した。
1987年に創立した私の英会話スクールは最近は英数塾に軸足を移しています。
生徒の多くが中学生や高校生になっています。
この生徒たちが茅ケ崎方式のおかげで 英語力が飛躍的に伸び、第一志望の学校に進学しています。
なんと嬉しい事でしょ う。
また、茅ケ崎方式協力校制度のおかげで、20年来の一生の仲間にも恵まれました。
本 当に先生のおかげです。
ここに心よりご冥福をお祈り申し上げます。

あぜりあ School  勝山ひとみ

4月に松山先生のご逝去の知らせを受け、心に何かぽっかり穴が開いてしまったような気持ちでおりました。
ご高齢であられるのは承知しておりましたが、近年は百を超えてもお元気で活躍している方も沢山おいでですから、なんとなく松山先生もそういうお一人のように勝手に思い込んでおりました。
私は浅学な新参者ですので、直接先生と親しくお目にかかったりお話しする機会はなかったのですが、数年前に一度お年賀状を頂き、雲の上の存在である先生が私のようなものにもわざわざ年賀状で励まして下さるんだ、と感激したのを思い出します。
松山先生のお志は、大美賀先生はじめ英語会の各先生方にしっかりと受け継がれていると思います。
私も先生のお名前を辱めないよう、これからも努力してまいります。松山先生、これまでの長い間、英語会の支柱であり続けてくださり本当にありがとうございました。

 コロナ感染拡大がなかなか収束しない折から、お参りにも伺えないことを申し訳なく思っておりました。
この度、松山先生に感謝のことばを申し上げる機会を作って下さいました大美賀先生に御礼申し上げます。

日本橋人形町校 浜田みどり

松山先生には35年以上の長きにわたり大変お世話になりました。
様々なことが思い出され、なかなか文章になりません。
共通の水泳の指導者を通して先生に巡り合い、それ以来茅ヶ崎方式英語会と関わるようになりました。
浦安から茅ヶ崎まで2時間近くかけて先生のクラスに通ったこともあります。民家の2階で英文を作成する「対話クラス」の厳しいご指導を受けた後は自分の力のなさを感じ、逃げるようにして帰ったのも今となっては懐かしい思い出です。
引越しで何度か荷物の整理をしましたが、先生が手書きで作成なさったWord Bookの、ご苦労と情熱のぎっしり詰まったコピーはどうしても捨てられませんでした。
ずっとそばに置いて先生を懐かしみたいです。先生の計画された協力校制度設立に平井さんと共に携わりましたが、至らぬ点も多く、さぞかしご心配をおかけしたと思います。たくさんのご指導、今では感謝の念でいっぱいです。
ずっと愛情を持って接してくださった松山先生に深い哀悼の意を捧げます。

森由美子

I send my condolences to his family and your team. I am sure it is very distressing not to be able to mourn his passing in the usual way.

All the best,

Kim

My deep condolences on your loss.
Mr. Matsuyama sounds like quite an individual.
I offer my continuing support.

Best regards,

Dan

I am sorry to hear about Matsuyama san. Although we never met, after working with Chigasaki Method for so many years, I felt a strong affinity with him.
He is in my thoughts.

Patrick

松山さんへ
貴方は「先生」と呼ばれることが好きではありませんでした。ある時、私はわざわざ呼び出されて、「先生と呼ぶな」と言われましたので、ご本人の前では「松山さん」と呼ぶようにしました。でも、貴方は天性の教師でした。ご自分の知識や経験から得た事柄を惜しげもなくいつも伝えようとなさいました。そして、戦前・戦後の大きな価値観の転換に苦しんだ末に、「戦争は絶対してはいけない」との思いを持ち、最後まで伝えようとなさいました。私は貴方から公私にわたり多くのことを学びました。「来る者は拒まず、去る者は追わず」の精神の下で、来る者は、たとえ能力のない者でも徹底的に面倒を見てくださいました。「徳は孤ならず、必ず隣あり」とのメールをくださって、人をその気にさせる術にも長けていらっしゃいました。もう貴方からの言葉が聞けなくなり寂しくてたまりません。さようなら。又、お目にかかりましょう。

越村 美智子

松山先生の訃報を知り、驚いております。
先生の茅ヶ崎のお陰で、この20年以上、本当に私の生きがいとなっております。
このコロナの時も、生徒さんの中には“出かけられるのは、この時だけです”、ストレス解消にもなっております。
私とて同じことです。換気を効かせ、“寒いので厚木に、マスクもしてください”とお願いし、一対一の授業ですが、楽しく過ごせるのはこの茅ヶ崎のお陰です。
他の都市の教室も、大変語句了されていると思いますが、本社の皆様もどうぞ十分気をつけてお過ごし下さいませ!!
松山先生のご家族の皆様は、本当にお寂しくなられたことと存じます。
私共は先生のお陰様で生き延びております。
本当にありがとうございます!!
心から先生のご冥福をお祈りいたします。

長崎校 木下 美佐子

松山先生、
お教室や教本作成のお手伝い、ライティング特訓などでいろいろご指導いただきありがとうございました。
その中で、若き日の戦争体験から私たちに伝えたいことがたくさんおありになったのだと思います。
折に触れ、そのことをよく考えていきたいと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

脇田 敬子

みなさんから松山薫先生への追悼メッセージはこちらにお送りください。
メッセージのいくつかを紹介させていただきます。

rememberingmatsuyama@chigasakieigo.com