茅ヶ崎方式英語学習法

国際コミュニケーションの手段としての英語

今から30年ほどまえ、茅崎方式英語学習法のテキストを作ることになり、ENGLISH FOR COMMUNICATIONとサブタイトルをつけたところ、用例をチェックしてくれたオーストラリア人のアナウンサーが「え!」と驚いて私の顔を見つめました。「おかしいのか」とたずねると「日本にはそれ以外の英語が存在するのか」と反問されました。言われてみれば確かにおかしいのですが、当時の英語学習の状況を考えるとこのサブタイトルはやはり必要だと思って、その後出版した教本にもこのサブタイトルを付けました。1990年代に入って日本経済の国際化が急速に進むにつれて、このコンセプトは普遍化してきました。そこで、1995年に出版した「基本4,000語」の改訂版からサブタイトルをENGLISH FOR GLOBAL COMMUNICATIONに変えました。世界にはイギリス人やアメリカ人などいわゆるネイティブスピーカーの使う言葉としての英語の他にもいろいろな英語が通用しており、やがて、外国語として学んだ人たちの英語がGLOBAL ENGLISHのスタンダードになるという見方も有力です。英語が真の国際語になるにはそうなるのがよいとは思いますが、今のところはまだそうはなっていません。しかし、英語が国際コミュニケーションの手段として通用するためには、ネイティブスピーカーといえども守らなければならない規範はあります。それは、共通のBASICな語彙・語法、英語特有のSYNTAX、それに理解しうる発音です。茅ケ崎方式はそういう点でGLOBAL ENGLISHであることを目指しました。

LISTENINGの重視

茅ケ崎方式の基盤になったのは、NHK国際放送の英文記者としての体験ですが、これを一般の人たちの学習法として構築するに当たって大きなヒントになったのは、アメリカの心理学者カレブ・ガテーニョ博士のSILENT WAYという学習法でした。博士の著書「赤ん坊の宇宙」(土屋 澄男訳)によると、人間のあかちゃんは胎内にいるときから母親とコミュニケーションをとっており、それが出生後母親の言葉を聴き取り、やがて言語能力を発達させる基盤になるということです。これが人間の言語能力の獲得への自然な流れであることは当然ですが、日本の英語学習では、LISTENINGは徹底的に軽視されていました。私自身、教員養成学校の英語科の出身ですが、英会話の時間が週2時間あっただけで、LISTENINGの訓練は受けていません。それには、英語学習に対する社会の要求等明治以来の歴史的経緯が背景にあったわけですが、これも日本社会の国際化とともに、変わってきました。ところが、新しい風潮のなかでは、LISTENINGよりSPEAKINGが先行されるようになりました。しかし、相手の言う事を充分聴き取れないでCOMMUNICATIONが成り立つわけはありません。結局、作家の富岡多恵子さんが「英会話私情」で指摘しているように、ネイティブスピーカーの言うことを鸚鵡返しにするだけの悲惨な英語学習が横行することになりました。日本の英語学習が、LISTENING重視という言語学習としての当然の帰結にたどりついたのは、ごく最近のことですが、茅ケ崎方式はガテーニョ博士のおかげで、まわり道をせずにすみました。茅ケ崎方式では、BOOK-0で英語の基本を学んだ後、BOOK-1、BOOK-2、BOOK-3、BOOK-4で徹底的にLISTENINGの力を蓄え、その力の上にBOOK-5でWRITINGとSPEAKINGを展開します。

カセットテープ、CDの利用

LISTENINGとは、注意力を集中して聴くことで、HEARING(聞こえる)ではありません。音声に注意力を集中するには、他の要素、たとえば、ビデオテープの絵(視覚要素)はない方がよいのです。それに、携帯が便利で価格も安いことから、音声教材にはずっとカセットテープを使ってきました。近年、音質の劣化のないCDが安価になり、携帯用のCDプレーヤーも1万円を切るようになりましたので、CDへの移行をすすめています。

ニュースを素材とする教材

ニュースは世の中のあらゆる事象を取り扱います。従って、ニュースを素材にすることで、バラエティに富んだテーマの教材を提供することができます。また、言語の学習には、言葉と事物を一致させるのが効果的ですが、ニュースを素材とすることで、言葉と事象を一致させることができます。ただ、英文ニュースは本来、ネイティブスピーカーあるいはそれに近い英語力を持った不特定多数の人たちを対象にしており、そのままでは日本人の英語学習者にとってよい教材とはいえません。茅ケ崎方式ではニュースを素材としながらも、厳密な教材作成基準にしたがって、学習者のニーズに応じた教材を作成するよう努力しています。言葉と事実の一致の原則はBOOK-0でも踏襲しました。

国内ニュース素材の重視

ニュース選択の基準に「興味と利害関係」の原則があります。学習者が興味を持ちまた利害関係のあるニュースを教材の素材として選ぶと、大部分は国内ニュースあるいは日本に関係のある外国の大ニュースということになります。またそうでなければ言葉と事象がつよく結びつきません。そのことが、結果的に、ニュースの背景知識を蓄積し、借り物でない発信型の英語を身につける、つまり、HOW TO SPEAKからWHAT TO SPEAKへ通ずる道にもなります。このことは一方で、外国のニュースが少ないという不満を生むことになりますが、国内ニュースを素材とした教材でしっかり基本を身につければ、外国ニュースに限らず、将来どんな分野の英語を必要とすることになっても困ることはありません。

ラジオニューススタイル踏襲

ラジオニュースには、それが聴覚にのみ頼ると言う特性から文体(style)にさまざまな工夫がこらされており、世界の有力な放送局はそれぞれ独自のSTYLE BOOKを持っています。NHKの国際放送RADIO JAPANでもこれらを参考にSTYLE BOOKを作成しました。茅ケ崎方式では、そのよいところを取り入れて、聴いて分かりやすい教材の作成に努めています。また放送ニュースは文語体の新聞ニュースとは異なり、WRITE AS YOU SPEAKが基本であり、日常の生活に使う英語に近いものになっています。

対話の重視

世は英会話全盛の時代のようにみえますが、いま日本人に必要なのは、英語による対話の能力であると思います。会話というのは、知っている者同士が特にテーマを定めずに話し合うことですから、NON-NATIVEの人間が、かなりの英語力を持っている人でもいきなりNATIVE同士の会話の中に入ることはきわめて難しいことです。これに対して対話は、あるテーマに関して自分の意見を述べ、相手の意見を聞くことですから、そのテーマについての背景知識が有り、ある程度の英語力をもっていれば相手がNATIVEであっても充分に成立します。日本の大学を卒業して数年間地方局の記者をつとめたあと、国際局に配属された人間が一番困ることは、英語のLISTENING、SPEAKINGの力がほとんどないことです。しかし、原稿を書いてデスクに出すには、英文をチェックするNATIVEのリライターと話をしないわけにはいきません。原稿の内容については知悉しているので、これを頼りに、最初は身振り手振りまでまじえて、リライターとの対話をこころみるのですが、早い遅いはあっても、やがて必ず対話がなりたつようになります。こういう修行を積んだ後、ワシントンにあるAP通信社に研修にいくのですが、下宿探しから始まる半年間の研修生活を終え、立派に1人前の英文記者になって帰ってきます。つまり、対話の力さえつけておけば、英語圏での日常生活に不自由はなく、やがて、日常会話の力もついてくるのです。日本の現状をみると、英語による対話力を持つ人材が決定的に不足しているようです。雑誌アエラの2001年5月14日号に「英語が出来ない外交官」という記事が載っており、日本の外交官のお寒い実体が報告されています。ずっと前のことですが、文芸春秋誌に政界では英語の達人といわれる宮沢元総理大臣の思い出話がのっていました。若い頃何人かで連合軍総司令部に交渉に行った時のこと、米軍の将校がWHAT DO YOU SAY?と言ったのが聴き取れず、一人がオットセイの真似をして部屋中をまわり、「これか?」と尋ねたというのです。今でも日本の役人の英語力が当時とそれほど変わらないとしたら、それは何のせいなのか。「会話より対話を!!」と100回でも200回でも叫びたい気持ちです。

普遍的な方法論

岩波新書に「英語とわたし」という本があります。筑紫 哲也、明石 康、船橋 洋一、小林 陽太郎といった人達の英語習得物語です。それぞれに試行錯誤しながら英語を身につけていったことがよく分かりますが、やはりこれは、才能に恵まれた人たちがそれぞれに辿った道であり、普遍性のあるものとは思えません。これに対して、茅ケ崎方式英語学習法は、私や同僚達が同じように辿ってきた道を一般化したものであり、日本で英語教育を受けた全ての人に適用できる普遍的な方法論であると思っています。ただ「英語とわたし」の中で皆さんに共通しているのは、外国語の習得に安易な道はないということです。
THERE’S NO ROYAL ROAD TO LEARNING ENGLISH.

創設者 松山 薫
2008年10月改訂